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[第42回] 同時通訳の現場 in China (3) : 同時通訳は誰にでもできるか


はじめに

みなさん、こんにちは。品質担当のSです。

前回に続き、同時通訳に関するプチ連載の第3回目です。今回も、やや引き締まった感じになる常体(=である調)を使ってみます。

偶然に2人の通訳者を比較できた

さて、今回も引き続き、日中の医療関係者によるパネルディスカッションの様子を紹介しながら、このブログを書き進めていきたいと思う。

プチ連載の第1回目でも紹介したが、実はこの会議では、プレゼンターが自分が連れてきた通訳者を使うというプレゼンが2件あった。

当該プレゼンは、通訳当日の午前に1件、午後に1件予定されていた。その日はたまたま、私は午前も午後も同通ブースの奥の席に座っていた。で、いずれの時も一緒に通訳をしていたパートナーが外に出て席を譲り、私がブースに残って、その通訳者2人の各パフォーマンスをすぐ間近で見ることになった。(前にも書いたが、こういうケースの場合、我々主催者側から委託を受けた通訳者は、原則その責務から一時的に解かれるのだ。)

午前の通訳者

午前のそれは、中国人医療関係者のスピーチで、中国語から日本語への通訳である。通訳をしたのは、その人が連れてきた中国人通訳者。その通訳者は私に設備の使い方を聞き、その後、手に中国語の原稿を持ちながら約5分間の同時通訳を行なった。

「完璧だ」

そう思った。通訳訓練でよく使われる手法、「サイト・トランスレーション」通称「サイトラ」が完璧に身に着いている。「サイトラ」とは、原稿を読んで意味のかたまり(チャンク)ごとに区切り、前からどんどん訳出していくというトレーニング方法だ。

この通訳者は、設備の使い方に慣れていないことから、同時通訳を普段の仕事にはしていないのだろうと思われる。しかし、中国語の原稿を見ながら流暢な日本語で通訳し、スピードもスピーカーとぴったり合っていたことからも、間違いなくベテラン通訳者であろうと感じた。

午後の通訳者

午後に行われたプレゼンは、プチ連載の第1回目でも紹介した日本のとある病院の日本人ドクターによるプレゼンで、これは午前のものとは逆に、日本語から中国語への通訳である。同時通訳ブースに入ったのは、同じ病院に勤める中国人の通訳スタッフだ。

この中国人通訳スタッフ、普段は中国人の患者と日本人ドクターの間の通訳を務めているということらしいが、おそらく専門的な通訳訓練はしたことがないのだろうと思われる。そのせいか、初めからスピーカーのスピードについていけず、10分ほどしたところで完全に黙ってしまい、しかたなく途中で私が交代することになった。

実はこのプレゼンが始まる少し前に、私はたまたま、傍らでこのドクターと通訳スタッフが話をしているのを、聞くともなしに聞いたのだが、その時思ったのは、この通訳スタッフ、話すスピードがやたらゆっくりだということ。そして、“これだと「シャドーイング」もままならぬのでは”と感じ、この通訳スタッフの通訳を少々危ぶんでいたのである。

「シャドーイング」とは、同時通訳訓練法の1つで、音声を聞くそばからその音声通り、影のように後から追いかけて発声していくというトレーニング方法のことである。

外国語を完璧に話せても、通訳ができるとは限らない。

そして、通訳ができても、同時通訳ができるとは限らない。

同時通訳の難しさ

同時通訳という技能の習得を難しくしている要因を、同時通訳の教科書は以下のようにまとめている。

[同時通訳の教科書]

最初の要因として「聞きながら同時に訳すこと(二重課題)の認知的困難さ」が挙げられているが、これを見ただけでも、訓練を受けた人ではなければ難しいということがわかってもらえると思う。

他にも、難しくしている要因は、例えば中国語と日本語間の通訳の場合だと、この2つの言語では文の構造が違うという点にある。大雑把にいえば、こういうことだ。

  • 日本語: 主語 + 修飾語 + 述語
  • 中国語: 主語 + 述語 + 修飾語

つまり、日本語の場合は最後の述語まで聞かないと、中国語の述語に訳出できないのだ。

具体例を挙げて、説明しよう。

当院では1997年以来、進行癌を含む1,500件以上の症例経験を有し、年間180件以上の症例を見ています。

この文の術後は、前半部分が「有し」で、後半部分が「見ている」である。

これを同時通訳するとなると、こんなことになるのだ。

時間の経過 話者の声 同通者の声
2秒経過 (1) 当院では1997年以来 (1) 我们医院从1997年开始
5秒経過 (2) 進行癌を含む1,500件以上の症例経験を有し、  
8秒経過 (3) 年間180件以上の症例を見ています。 (2) 治疗过1500例以上的包括晚期癌症在内的癌症
11秒経過   (3) 每年做手术超过180件。

このように、日本語では(2)の節を最後まで聞かないと述語が出てこないので、最後まで聞いてから通訳することになる。が、その時話者は(3)の節を話し始めているので、同通者は(3)の節を聞き記憶しながら、同時に(2)の節を通訳する。(2)の節を通訳し終えてから(3)の節を通訳すということになる。が、その時話者は、次の節を…以下繰り返し。同時通訳とはこの繰り返される一連の処理を延々と続ける作業ともいえる。

この「神業」とも呼ばれる脳の同時処理は、ベテランの同時通訳者でも続けられるのは最大20分までと言われている。

私は[第19回] 会議通訳と通訳ガイドはどう違うの?で、以下のようなことを書いた。

会議通訳者になるために必要とされる資格は、特にありません。実は、「語学力」「通訳スキル」「専門知識」の3つを持っていれば、腕試しは可能です!

で、この「通訳スキル」だが、このスキル習得のためのトレーニング方法には、前述した「サイト・トランスレーション」と「シャドーイング」以外にも、主だったものだけでこんなにある。

  • クイック・レスポンス: 聞いた単語の訳を、瞬時に声に出して答える訓練。
  • サマライジング: 聞いた話のポイントを素早く把握し、的確に要約する訓練。
  • リプロダクション: 聞いたことを声に出して再現(リプロダクト)する訓練。
  • パラフレージング: まとまった長さの音声を聴いて理解し、それを自分の語彙力と表現力を用いて、口頭で再表現する訓練。丸暗記ではなく、“自分の語彙力と表現力を用いて”というところが重要。

ところで、午前中の外部通訳者の通訳が「完璧だ」と私は書いたが、それは“漏れがない”という意味での完璧さであって、訳出されたものが内容としてスッキリしたものだったかどうかは、実は微妙だった。

というのも、実は中国語を一字一句漏らさず訳出すると、情報量が多くなりすぎる嫌いがあり、聞いている方は疲れる。会議が長時間に及ぶ場合、そのような密度の濃い訳をずっと聞かされている側は、間違いなく疲れてくる。疲れてくるということは、こちら側の話の内容がスムーズに伝わっていかないということだ。で、通訳者としては、耳になじみの好い日本語表現に変換し、ある程度要約された形にして訳出することも必要となる。これが「サマライジング」という通訳訓練法で習得できるスキルというわけである。

独学で同時通訳者になれるのか?

さて、ここまで、同時通訳がかなり高度な修練を擁する技能であることについて書いてきたが、核心に迫ろう。

「同時通訳は、独学で習得できるのか?」

私の答えは、

「できる!」

だ。高い語学力を有することが前提だが、そのうえで、上記のような訓練を自主的にやれば、決して習得できない技能ではない。

まずは、「シャドーイング」から。日本語ならNHKニュース、中国語ならCCTVのニュースを聞いて、2~3秒程度の遅れでリピートできたら素質ありと思ってよい。

これまで様々な会議に出てきたが、中には先にも書いたように、自ら通訳者を連れてきて、その人にブースで同時通訳をさせるという会議参加者もいるにはいる。

我々同時通訳者は、主催者側からの依頼を受けて会議に出席しているわけだが、現場でのこういった参加者からの同通者変更の申し入れがあった場合、我々は、これを敢えて断るということはしない。むしろ、歓迎である。但し、その場合、スピーチやプレゼン丸ごとをその通訳者が通訳することが原則であり、どちらかというと、そのプレゼンターが望んでいることでもある。だから、途中から「助けて~」というのは、できればなしで願いたい。

誰でも同時通訳者を目指すことはできる。

だからと言って、専門職人の技能というものを努々(ゆめゆめ)侮ることなきように。


筆者プロフィール

北京出身。

大学進学を機に来日し、大学卒業後は日本で某大手商社に入社。学生時代も含め、通算16年あまり日本で暮らす。

現在、モシトランス北京では品質担当の責任者として、モシトランス東京では創業メンバーとして、北京と東京を行き来する忙しい日々を送っている。