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[第33回] 同時通訳の現場 in China (1) : ある医療会議の現場から


いつもとは趣を変え

みなさん、こんにちは。品質担当のSです。

今回から3回にわたり、同時通訳に関するプチ連載を書きます。これまではずっと、みなさまにとって親しみやすさを感じていただけるように敬体(=ですます調)を使っていましたが、やや引き締まった感じになる常体(=である調)を使ってみます。

はじめに

中国ではここ10年位だろうか、同時通訳に対する需要が目に見えて増えているなと感じるようになったのは。

元々は国連のような公的な国際機関での会議の場で用いられていた同時通訳だが、現在では大小様々な規模、様々な分野のサミット、シンポジウム、フォーラム、セミナーなどでも見受けられるようになっている。昨今は二国間での企業誘致等が絡むビジネス案件やグローバル企業の社内会議など、公私を問わず用いられるようになっており、自社会議室に同時通訳ブースを設ける企業も増えているように聞く。

さて、今年の7月にある医療関係の日中合弁会社が設立されたのだが、そのキックオフ会議の開催に際し、日中及び英中の同時通訳者各2名の派遣を要請するオファーが、会議開催の2ヶ月前に通訳派遣会社に入った。私は通訳派遣会社からの依頼で日中同時通訳者の1人としてその会議に参加することとなった。

因みに同時通訳は、その業務のハードさから、一対の言語組み合わせに対し、2名から3名の同時通訳者がチームを組み、15分程度の時間で交替しながら行なうのが通例である。

このブログでは、この時の業務依頼から現場入りまでの流れ、そして実際の現場での様子を紹介しながら、主催者側のスタッフ、通訳派遣会社のコーディネータ、そして同時通訳者それぞれの役割について、思うところをつらつらと書いてみようと思う。

会議の開催日前日まで

この時のキックオフ会議主催者(=お客様)はW社(仮名)、通訳派遣会社はO社(仮名)である。

会議開催の2か月前となる5月上旬に、O社のコーディネータから同時通訳の打診を受ける。日本での業務依頼はまだメールが主流だが、中国ではWeChat。送られてくるメッセージもいたってシンプル。

O社

2019-7-xx 9時スタート 1日

北京朝陽区〇〇〇ホテル

日本語同通 医療健康関係

空いているか

弊社

空いてる
 

O社

費用は1日〇〇元でもいい? 😢
 

弊社

だめ、それは半日の値段

何時から何時までの会議?

O社

1日

スケジュールの詳細はまだ出ていない

弊社

いや、最低一日〇〇元

市場相場より低い値段で受けたら同通仲間に殺される

と、こんな感じで相手に交渉の余地を与えず、一気にメッセージを書いて送る。これでO社との交渉はひとまず終了。

その日のうちにO社からこちらの提示価格でOKという回答があったので、依頼を受けることに決め、O社と契約を交わす。

1か月後、O社のコーディネータによりWeChatグループが作られ、同社の営業担当、お客様であるW社のスタッフ、そして通訳者4名が当該チャットグループに名を連ねることとなる。実は、この時初めて、この会議が日中と英中のリレー同時通訳で行なわれることを知ったのだった。

グループチャットを通じて、会議資料が五月雨式に送られてきて、それが会議前日の夜遅くまで続き、それでも完全には揃わないというのも、よくある話だ。

会議前日の夕方「明日は7時に集合してください」とW社のスタッフから連絡があり、スケジュールでは9時スタートとなっていたので「なぜ?」と聞くと、「リハーサルをしますので」との返答。“リハーサル!?”不可解。「我々スタッフは5時集合ですよ」とも付け加えられる。「あなた方は楽ですよ」とでも言いたいのか? とツッコミを入れたくなるが、そこは抑える。

この時点でパートナーの日中通訳者は、仕事のため四川省の奥地に行っており、この日の夜遅くに飛行機で戻ってくる予定にはなっているが、北京はあいにくの激しい雷雨。最悪の場合、北京空港に着陸できないという不測の事態に見舞われ、明日の長丁場は“まさか一人で同通なんてことになるんじゃ”という不安がよぎるが“えーい、なるようになれ!”と覚悟を決め、ひとまずベッドに入る。

会議の開催日当日(朝)

朝起きて、真っ先に確認したのが、パートナーが北京に戻っているかどうか。「戻った」というメッセージを目にして、まずは一安心。会場に着いたらリハーサルへの不参加を交渉しようと思い、7時ピッタリに現場入りする。

15分ほどしてW社のスタッフがやってきて挨拶をし、他に話をする様子もなかったので、こちらから「すみません、我々はリハーサルに参加する必要ないですよね? 設備のチェックをしたら、朝食に出かけていいですか? 食事しないと丸1日の通訳、持ちませんからね。」と言うと、そのスタッフは「いいよ、いいよ」と笑顔で答える。

“2時間も早く集合させたのは何のためだよ!”と思いながら、設備を使っての音声テストを済ませ、そそくさと朝食に出かける。

会場はオフィスビルとホテルが立ち並ぶビジネス街にあり、会場となっているホテルの1階にスタバがあるが、まだ営業していない。ならばと、大きな交差点の向こう側にあるマックを目指す。時間的に余裕があったから、ゆっくりとした朝食を取り、スタート15分前に会場に戻る。

会議の開催日当日(午前)

午前は、3件のゲストスピーチと3件のプレゼン、そしてディスカッションと続き、その間に司会者のしゃべりが挟まるという構成になっている。ただし、プレゼン3件のうち2件は、スライド資料が英語で、発表も英語で行われるので、これは英中同通者の担当となる。英語のプレゼンを日本語に通訳する必要がないことは事前にW社スタッフから確認を取っており、気分的にはいくらか楽ではあった。が、プレゼンのあとに控えるディスカッションは、資料という資料もなく一発勝負となるので気は抜けない。

さて、スピーチ、プレゼンいずれの同通も滞りなく終了し、いざディスカッションへ移ろうという段になって、英語でプレゼンを行なった日本人ドクターのN氏が「日本語でも構わないか?」と確認を求めてきた。で、マイクで「はい、どうぞ」と答え、我々日中ブースへの切り替えを行なう。しかし、ディスカッションの司会を務める中国人ドクターがわざわざ英語で話し始めたため、急遽英中ブースに切り替える。パネリストのドクター達も、中国語をしゃべりながら英語を挟んだりとまちまちで、日中ブースと英中ブースの間で頻繁に切り替えが行なわれることとなる。

実は、このような想定外の事態発生も、コーディネータがお客様を通じて事前に参加者の使用言語に関する確認と申し入れを徹底させておけば、避けられたことなのである。

ディスカッションでは、パネリストの1人が中国人の女性ドクターだったこともあってか、通訳者の訳に不足があると思われる箇所をフォローするという優しい気遣いが感じられる場面もあり、最初の質疑応答に対する通訳はなんとか無事に終えることができて、ホッと一息。が、それも束の間、続く中国人ドクターが難しい専門用語を使って、放射線の照射野の境界をどう決めるかという質問をした。パートナーの通訳者はこの専門用語をうまく日本語の『照射野』に訳せなかった。すると、質問したドクターが会場にいる知り合いの通訳者を指名して、訳させたのだが、その方の訳を聞いても今一つ釈然とせず、専門用語が適切な日本語に訳されたという訳でもなさそうに感じたが、とりあえず事態は収まった。

この手の“不都合な”事態、訳漏れや訳ミス、訳不能など、勿論、本来あってはならないことではあるが、残念ながら起こるものなのである。また、実際に起きてもいる。ただ、現場ではそんな時は気を強く持って、起きてしまったことは起きてしまったこととしてスッパリ割り切って乗り切るよりほか手がない。うじうじ考え、気を取られていると、ロクな結果にならないのは既に経験済みである。

会議の開催日当日(昼)

午前の予定が終了し、1時間半の休憩があるからとレストランでゆっくり昼食を取っていたところ、W社のスタッフから午後にプレゼン予定のドクターが通訳者を探しているとの連絡が入る。

急遽食事を切り上げて、会場に戻ると、会場の設営がシアター形式から正餐形式に変わっている。訳を尋ねると、午後は、医師・専門家によるパネルディスカッションではなく、一般聴衆を対象にしたPRプレゼンだからとのことである。この会議は、元々そういう構成になっていたらしい。我々はそんな事、コーディネータから事前に一言の説明も連絡も受けていない。この手の説明・連絡の不備、情報共有の不徹底も、中国の通訳業界では往々にしてあることではある。「そんな事でいちいち腹を立てていたら、中国の通訳業界ではやっていけないよ」と宣う剛の者もいらっしゃるが。相も変わらずといったところか。

ともあれ、プレゼンターのドクター2人それぞれから、プレゼン内容の変更点に関する説明が伝えられ、我々は、そのまま午後のプレゼンの通訳準備に入る。

午後は5名のドクターによるプレゼンが予定されていたが、そのうちの1人は日本人ドクターで、自分の病院の中国人通訳スタッフYさんを連れてきており、我々の通訳は不要ということになった。更にもう1人は午前にもプレゼンを行なった日本人ドクターのA氏で、プレゼンは英語なので日中通訳は不要。午後はディスカッションもない。で、比較的楽かなとも思い、自分が担当ではない時は、席を離れ外の空気でも吸おうかと考えていた。

会議の開催日当日(午後)

そして午後。プレゼンのトップバッターは、自ら通訳者を連れてきた日本人ドクター。

このドクター、会場の聴衆をリラックスさせたいとの思いからか、プレゼンの冒頭で、「手術の説明はできるだけ簡単な言葉で、そしてゆっくりとしたスピードで行なう」とし、「通訳も自分の病院のYさんが行なう」と一言添えた。

Yさんは、私から設備のレクチャーを受け、通訳のためブース席に座っている。

ところが、プレゼンが始まって数分も経たないうちに、あることが判明する。実はこのドクター、かなりの早口だったのだ。これに対し、通訳者のYさんは、どうもゆっくり喋るタイプのようで、通訳がまったくついていけてないのがはっきりわかる。しかし、ドクター自身の指名でもあり、ドクター納得の上でのことだろうと考え、私はしばし静観を決め込み、この後で自分が通訳を行なうプレゼンの資料に目を通す。(この場合、原則、お客様が指定する通訳がプレゼン全部を訳す。)

スライドが手術映像に切り替わり、Yさんは、ますますついていけなくなった様子で、私の方を見ながら、頭を横に振っている。見兼ねて「変わりましょうか?」と声を掛けて合図を送るが、半ばパニック状態で、答える余裕すらないようである。で、すぐにマイクを私の方に切り替え、その後の通訳を替わる。声が変わったことに気づき、後ろを振り向いてブースを覗く仕草をする聴衆もいたが、当のドクターはそんなこと気に掛ける様子もなく「この手術を受けたい方がいれば、どうぞ今同時通訳をしているYさんまでご連絡ください」と結び、意気揚々と引きあげる。

はてさて、プレゼンの内容はうまく伝わっただろうか? その成果の程は? このドクターのため、それを危ぶむ。

同時通訳、それほど柔じゃない。餅は餅屋ということもある。

続くプレゼンのパートナー担当の通訳が終了したところで、同時通訳は英中ブースに移る。我々2人は残るプレゼン資料と予定を再確認する。

我々日中組担当の4件目のプレゼンの通訳が終わると、最後のプレゼンターはA氏となる。プレゼンは英語で行なわれ、通訳は英中ブースに移る。で、その時点で我々日中組の通訳は、実質的には終了となると端から踏んでいたこともあり、昨日あまり睡眠が取れなかったであろうパートナーに、「A氏のプレゼンの時は、席を離れて休憩取っていいよ」と告げる。

さて、4件目のプレゼンの我々の通訳が終わり、パートナーは休憩を取るために席を離れる。そして、最後のプレゼンターであるA氏が登場。A氏、ステージに上がるなり開口一番、「午前は英語で発表したが、午後は日本語で!」だって。やばい!!

隣のブースで準備していた英中の通訳者は残念そうにこちらのブースを見るが、今こっちのブースは私1人である。このまま通訳を継続するしかない。W社のスタッフから、英語の場合は日本語に訳す必要がない旨、事前に確認を取っていたこともあり、英語のプレゼン資料には、これっぽっちも目を通していない。

途中でパートナーが席に戻り、交替してくれたが、2人とも準備なしで同時通訳をする羽目になる。いやはや、臨機応変にとは言うが、これにはいささか参った。

会議の開催日当日(終了後)

終了予定時刻の16時10分を大幅に過ぎ、17時になってようやく会議は終了。英語の通訳者が申し訳なさそうに「今日はお疲れさまでした、大変でしたね」と挨拶をして会場を出ていった。

私はW社のスタッフに尋ねた。

「日中間の会議なのに、なぜ英語の通訳が必要だったんですか?」

と。すると、スタッフは、

「ドクターN氏が英語でしか発表しないということだったから。」

と答えた。

“日本人なのになぜに英語で?”とも思ったが、この手の学術系会議では往々にして見られることでもある。

“なるほどね”と納得の体を見せ、そのスタッフから業務終了時刻の確認サインをもらって、パートナーと2人、会場を後にする。やれやれである。


筆者プロフィール

北京出身。

大学進学を機に来日し、大学卒業後は日本で某大手商社に入社。学生時代も含め、通算16年あまり日本で暮らす。

現在、モシトランス北京では品質担当の責任者として、モシトランス東京では創業メンバーとして、北京と東京を行き来する忙しい日々を送っている。