中国語の翻訳ならモシトランス

株式会社モシトランス
中国と中国語のエキスパート

[第47回] 特許庁『審判制度ハンドブック』の中国語訳


昨年2019年11月に日本特許庁が『特許庁 審判制度ハンドブック 産業財産権の適切な取得と行使に向けて』を発表し、中国科学院の知的財産権情報部門が中国語でその概略を紹介した。

今回は、その中訳版をもとに、日本語と中国語を一部比較してみた。

通訳者として自動車の知財に関する会議に出る際にも参考となる用語や表現があるため、自分にとっては勉強の一環でもある。

出典

日本語原文特許庁 審判制度ハンドブック 産業財産権の適切な取得と行使に向けて
中国語訳文:中国科学院知的財産権情報(Wechat Public Account
(注:Wechatで公開している記事は、購読しないと読めないためURLを提示できず

(中国科学院知的財産権情報のWechatパブリックアカウント)

中訳版の最後には「编译」という言葉があり、作業は「翻訳」と「編集」の二つが行われたようである。翻訳は、あくまで原文を忠実に訳出する作業だが、編集は読者のことを考え、わかりやすい文章にまとめることである。さらに、翻訳後または編集後は、専門分野の用語、用法に関し、その分野の専門家による校閲という作業が加わる。

ハンドブックのタイトル ・・・原文表紙箇所

日本語 中国語
特許庁 日本专利局
審判制度ハンドブック 《审判制度手册》
産業財産権の適切な取得と行使に向けて 适当取得并行使工业产权为目标

タイトルの中訳には、中国の読者にわかりやすくするための工夫がみられる。

「特許庁」の中訳

「特許」の中国語は「专利」だが、たんに中国語漢字に変換した「特许厅」とせず、ちゃんと「专利」を使い、また「庁」という行政機関を表わす用語も中国人に馴染みのある「局」に変えている。

日本と中国は漢字文化圏なので、漢字を見ればなんとなくわかるという点では、互いに便利に感じることも多いが、翻訳をする際、漢字をそのまま使うと通じないことも多い。

どこまで変換するかではいつも頭を悩ませている。

通訳の現場では、日本人が中国の「专利局」を日本語読みして「専利局(センリキョク)」と言うのをよく耳にする。相手への気遣いか、漢字をそのまま読んだほうが正しいと思っているのかわからないが、通訳者としては、日本語を話すときは、日本語に徹底し、ヘンに中国語を交えないでもらったほうが、頭の中で余計な操作(中国語への変換)をせずに済むから助かる。だから、「専利局(センリキョク)」とは言わずに「中国の特許庁」と言ってもらいたいかもね。

特許庁内の部門である審判部の役割 ・・・原文4ページ目

日本語 中国語
特許庁内の部門である審判部には、大きく2つの役割があります。 日本专利局下属审判部主要有两大职责
ひとつは、審査官の拒絶査定の妥当性を判断する「審査の上級審」という役割。もうひとつは、権利の有効性を見直し、知財紛争の解決に貢献する「知財紛争の早期解決」という役割です。 1.上级审查作用,即判定审查官驳回审查的决定是否得当
2.知识产权纷争早期解决,重新评估权利有效性。
これらを通じて目指しているのは、認められるべき権利が認められ、守られるべき権利が守られること。知財戦略を後押しし、産業を発展させるため、知的財産権の有効性について最終判断を行うのが審判部です。 审判原则是认同并捍卫正当权利,以支援日本知识产权战略,促进产业发展。审判部对知识产权的有效性进行最终判断。
  1. 「特許庁内の部門である」を「日本专利局内部部门」と訳しても間違いではないが、中国科学院は「日本专利局下属审判部」と訳出している。このほうが中国語より適切である。因みに、あくまで因みにであるが「日本专利局下属审判部」を日本語に反訳するとどうなるか? 私であれば「日本の特許庁の下部組織である審判部」、或いは「日本の特許庁に属する審判部」とでも訳すかと。
    また、「大きく2つの役割があります」を「主要有两大职责」と訳し、「主要」という中国語の慣習的な言い回しをしてるが、読んだ際の文章の流れとしてはその方が自然な感じにはなる。
    逆に中国語の文章に「主要」がある場合、日本語で「主要な」と訳すと却って不自然なときもある。

  2.  二つの役割を中国科学院の訳では12に分け、箇条書きにしている点はとても分かりやすい。
    また、「拒絶」を「驳回」、「判断」を「决定」と訳し、さらに、一つ目の役割について、語順を大きく変えて訳出している点に、法律的な専門性が見て取れる。
    二つ目の役割の記述に関しても、「見直し」を「重新评估」と訳しているが、この方が中国語の使い方としてスムーズである。
    ちなみに、「拒絶」→「拒绝」、「判断」→「判断」、「見直し」→「重新审视」と訳しても間違いではないし、単に辞書を調べて訳すならこの程度でしょう。

  3.  「認められるべき権利が認められ、守られるべき権利が守られること」を「认同并捍卫正当权利」という中国語ならではの2動詞(認めると守る)を並べ、「…べき権利」を「正当权利」と訳したため、かなり文章を短くできただけでなく、語順を大きく変えて(ほぼ書換)、「訳文」感を消している。

拒絶査定不服審判 ・・・原文6、7ページ目

日本語 中国語
審査官による拒絶査定に不服がある場合は、「拒絶査定不服審判」を請求することができます。審判官からなる合議体は、拒絶査定が妥当であるかを審理します。妥当でないと判断した場合、他の拒絶の理由の有無について審判部の職権による調査を行い、権利付与の可否を判断します。 当被驳回审查对象对专利、外观设计和商标的驳回审查决定不服时启动驳回审查不服审判。由多名审判官组成合议庭,审理驳回审查决定是否妥当;如判定不妥当,由审判部调查是否还有其他的驳回审查理由,同时判断能否进行授权。
特許の請求成立率(拒絶査定を取り消した割合)は、2009年以降、緩やかに上昇傾向となっており、2018年は70.4%となりました。意匠の請求成立率は66.8%、商標の請求成立率は70.9%となりました。いずれも約70%と高い割合で請求が成立しています。 2009年来,此类专利请求成功率(即取消专利驳回审查决定)正在缓慢上升,2018年约为70.4%,外观设计66.8%,商标70.9%,占比均较高

この部分の中国語訳における言葉の加減処理はうまい。言葉を足したり、減らしたりして、中国語がスッキリとしたものになっていて、わかりやすい。

  1. 「審査官による拒絶査定に不服がある場合は」は、中国語訳では言葉がかなり付け加えられている。つまり、誰が不服としているのか、何に関する拒絶査定なのか(拒絶査定の対象が特許、意匠、商標に関するものであること)ということが中国語訳では付け加えられている。また、「審査官からなる合議体」も複数(「多名」)の審査官からなることが中国語訳では書き加えられている。因みに、「合議体」であるから必然的に審査官は複数であることは自明であるが、中国語の場合は、「多名」を入れないと表現として成立しない。

  2. 合議体→合议庭 請求成立率→请求成功率 2語の中訳もとても適切である。

  3. 最後の一文「いずも約70%と高い割合で請求が成立している」が入ることで、中国語としてはくどい感じを受けるので、ここでは「占比均较高(いずれも割合が高い)」にしている。

異議の申立て ・・・原文8ページ目

日本語 中国語
「異議の申立て」は、特許掲載公報の発行から6カ月の間、また、商標掲載公報の発行から2カ月の間、特許・商標登録に対して公衆が異議 を述べることができる制度です。 任何人对专利和商标注册提出异议时,受理提出的异议申诉。自专利刊登公报发行6个月内,以及商标刊登公报发行2个月内,公众均可对专利授权或商标注册提出异议。
審判官からなる合議体は、必要に応じて職権による調査を行った上で、申立人の「権利を取り消すべき」との主張・証拠を検討します。他者が取得した権利の瑕疵を是正することは、権利の信頼性を高めるとともに、紛争の予防や円滑な権利活用につながります。 由多名审判官组成合议庭,在必要时依职权调查研究申诉人提出的“应取消授权或注册”的主张和证据。更正授权专利的瑕疵,提升权利的可靠性,预防纷争和保证权利使用。

前半の文章は、日本語と中国語では文の構成が大きく異なっている。編集されていると思う。

後半の文章は、同じく加減の処理が施されている。日本語の場合は「調査」で十分であっても、中国語の場合は「调查研究」の4文字としなければ言葉としての安定感に欠けるためこのように訳出される。日本語では「権利を取り消すべき」の一言で十分であっても、中国語では「应取消授权或注册」まで言ったほうが分かりやすい。(特許の専門家でないとなかなかここまで足せない。)

日本語の「他者が取得した権利」を中国語では「授权专利」としているが、この一言で十分通じる。(これも言葉を減らす場合も、足す場合と同様、専門的知識がないとなかなか大胆に変えられない。)

無効審判 ・・・原文10ページ目

日本語 中国語
本来、権利になるべきでなかった特許・実用新案・意匠・商標を対世的に無効としたい場合、「無効審判」を請求することができます。審判官からなる合議体は、必要に応じて職権による調査を行います。また両当事者に十分に主張の機会を与え、口頭審理を通じて、書面では言い尽くせない当事者の主張も引き出します。 当利害关系人提出专利、实用新型、外观设计和商标无效时,启动无效审判。
由多名审判官组成合议庭,根据需要依职权进行调查,通过会议进行口头审理,给与双方当事人充分表达其主张的机会,倾听当事人在书面文件中难以表达的观点。

ここの一文の中国語訳は、「利害关系人」と「当事人」という単語が付け加えられている。日本語では省略しているものの、中国語ではきちんと主語を足したほうが分かりやすい。

取消審判 ・・・原文12ページ目

日本語 中国語
自社で使用したいと思っている商標が、他社によって登録されている。しかし、実際には使用されていないと思われる―そんなとき、その商標を使用するために取り得る方策が「取消審判」です。 任何人提出撤销商标注册时,启动撤销审判。公司为获得已被其他公司注册但尚未使用的商标使用权时,可请求审判部“撤销审判”。
日本国内において継続して3年以上、指定商品・指定役務に登録商標が使用されていない場合に、その商標登録を取り消すことができます。取消の審決が確定したとき、その商標権は審判請求が登録された日に消滅したものとみなされます。 在日本,注册的商标连续三年未使用在指定的商品或服务时,可请求取消该商标的注册。当审判部判定取消时,该商标权自审判请求生效之日起失效

前半は、もはや完全な書換。日本語の「…―そんな時」までを直訳すると、これまでの法律文章とまったく違う表現が入るため、中国語としては不自然。

後半の日本語の「消滅」という言葉を「失効」という言葉に訳出しているのは、逆に勉強になった。

訂正審判 ・・・原文13ページ目

日本語 中国語
登録した特許権について一部に瑕疵があり、これを是正したい場合、特許権者は「訂正審判」を請求することができます。 当专利权人提出修改专利时,启动纠正审判。
特許無効の主張を受けた場合、または、特許無効の主張が予期される場合に、特許権者が無効理由を治癒する目的で利用することが多い手続きです。 纠正已授权的专利的部分瑕疵,可使权利行使更为顺利。

この部分は、完全に書換(編集された文章)になっている。訳文を考えたが、直訳なら難解であろう。

判定 ・・・原文14ページ目

日本語 中国語
他者の商品等が、自身の特許等の権利の範囲内にあるかどうかを知りたいとき、権利者は審判部に「判定」を求めることができます。 当相关人员想就知识产权权利范围咨询专利局意见时,启动对专利、实用新型、外观设计和商标范围的判定。
また、計画中あるいは製造中の商品等が他者の権利を侵害しないものであることを確認した上で製造したいと考えるとき、権利者でない方も「判定」を求めることができます。 当事人想要了解其他公司商品是否落入自己的专利权利范围内,或是已确认计划生产或正在生产的商品未侵害他人权利后想继续生产时,都可向审判部请求进行判定。

この部分も完全に書換(編集された文章)である。ある程度時間が取れる翻訳の場合なら書き換えは可能かもしれないが、通訳の場合、ここまでの訳の変換は無理かも。そのため会議等では、このような法律文書が事前に発言者から通訳者に渡されなかった場合、あるいは発言者は自分のことで説明するのではなく、文章をそのまま読んだ場合、訳出レベル(相手に理解される程度)が一段と落ちる。


筆者プロフィール

北京出身。

大学進学を機に来日し、大学卒業後は日本で某大手商社に入社。学生時代も含め、通算16年あまり日本で暮らす。

現在、モシトランス北京では品質担当の責任者として、モシトランス東京では創業メンバーとして、北京と東京を行き来する忙しい日々を送っている。