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[第56回] 中国伝統色彩学術年会の用語整理(2)


今回は周口師範学院文学院の楊蕾先生が発表された中国の古典的な演劇、元の雑劇についてご紹介します。
※「中国伝統色彩学術年会」については用語整理(1)をご参照ください。

元の雑劇とは

元の時代に隆盛した雑劇(ざつげき)は、宋の時代に始まり、(うた)・科(しぐさ)・白(せりふ)を伴った歌劇の一種です。
雑劇は、「折」(せつ)と呼ばれる幕から構成されます。
通常ひとつの劇は4折から構成されます(まれに5折、ごく例外的に6折から構成される雑劇もあります)。
ほかに「楔子」(せっし)と呼ばれる序に相当する部分が加わることも多いです。

劇の登場人物は、元の時代は「末」(男性)、「浄」(悪役)、「旦」(女性)、「雑」(その他)に分かれますが、時代と共に徐々に変化してきました。現在の京劇となっても、未だに変わりつつあります。

まずは、基本用語をまとめます。

中国語 ピンイン 日本語(よみ) 補足
元杂剧 yuán zá jù 元雑劇(げんざつげき) 歌劇の一種
曲(きょく) うた
科(か) しぐさ
bái 白(はく) せりふ
zhé 折(せつ)
楔子 xiē zǐ 楔子(せっし)
剧本 jù běn 脚本(きゃくほん)  
曲牌 qǔ pái 曲牌(きょくはい) 曲の名前
末,生 shēng 末(まつ)、生(せい) 男役
dàn 旦(たん) 女役
jìng 浄(じょう 悪役、道化者(どうけもの)
雑(ざつ)、外(がい) 老人など

楊先生の発表内容

タイトル

中国語 《青红皂白:元代杂剧表演中的色彩程式》
日本語訳 青、赤、黒、白、元雑劇を上演する際の色スタイル
単語 皂(zào):日本語はこの漢字を「そう」と読みます。中国古代では黒色を意味します。
程式(chéng shì):スタイル。特に劇の表現手法、舞台演出の様式を意味します。


研究内容

中国語 元代戏曲中将多类别人物关系放置于生旦净杂行当中进行展现,视觉无疑是最重要的。我们根据《元刊杂剧三十种》和《脉望馆钞校本古今杂剧》等文献,将所涉及演员妆扮色彩词频进行统计,最终可见青、红、皂、白四色在元代杂剧文献词频中大约占3/4。这其中涉及到头饰、面部、服饰、鞋靴、道具、布景等。
日本語訳 元の劇において、様々な人物関係を生、旦、浄、外の役で表現しているため、視覚による識別はとても重要である。私たちのチームは「元刊雑劇三十種」や「脈望館鈔校本古今雑劇」などの文献に基づいて、俳優の扮装に関する色の言葉を統計してみた。最終的には、青、赤、黒、白の四色が元代雑劇の文献において大体3/4を占めていることが分かった。これらの扮装は、髪飾り、顔化粧、服飾、靴、道具、舞台セットなどにかかわる。

中国語 通过对相关脚色类别,尤其是“正角”与“净杂”脚色,以“乐伎”的穿戴分析,我们对正末、装旦(正旦)、副净、外末这几种进行分类的时候发现,正角面部一般不作化妆!服装样式大部分独立,色彩构成以黑色、红色为主色,关键是一个位置。因为在戏剧演出里边位置很重要,谁站中央,谁站两侧,这个位次和人物关系已经关联。
日本語訳 さらに役別に分析してみた。特に「主役」と「脇役」がどちらも伎楽ギガク)(芸人の場合の服装について、末、旦、浄、外の4役別に分類してみると、主役の末はほとんど化粧しないことが分かった。服飾のスタイルもほとんど独立しており、色の構成は黒と赤を中心となっている。芝居するときの立ち位置は一番重要だが、中央に立つ役と脇に立つ役で、人物関係をはっきり示している。

中国語 副净:脸上有勾画是必须的,在杂剧里非常明确。服装样式比较怪异,色彩构成比正角颜色要杂乱一些,位次处在边侧。外末:外末的颜色构成相对来说也都是黑、红、皂,也是在边侧。乐伎:演出配乐人,一般是元代的长服,戴蒙古帽,褐色和土黄色在杂剧舞台的角色妆扮中大多为底层人物。
日本語訳 道化者役の場合、顔に必ず化粧する。これは元の雑劇においてとてもはっきりしている。衣服のスタイルも変わっていて、色の構成は主役の色より乱雑していて、立ち位置は脇にある。
老人役の場合、色の構成も黒と赤で、脇に立ってている。
伎楽は音楽を奏でる役で、通常は元代の長い服を着て、モンゴル帽をかぶっている。色は茶色や土色を用いる、これらの色は雑劇舞台の役作りにおいて、ほとんど下層の人物である。

中国語 1.观众和演员处于空间分离的状态;
2.戏服与常服舞台并存
3.勾脸与假髯副净必备
4.位置与色彩确定主次
5.正角面部无着色,净杂面部多抹额
6.正角服饰多纯色,净杂服饰多杂色
7.文物文献所呈现,杂剧择色倾向是青红皂白
日本語訳 1.観衆は演出者とは空間的に分離された状態にある
2.
コスチュームと日常服はどちらもステージ上見られる
3.
道化役は必ず化粧をし、髭をつける
4.
位置と色によって、主役と脇役が決める
5.主役の顔には色が着かない、脇役の額には色を塗る
6.
主役の服飾は一色が多く、脇役の服飾は多色が多い
7.
文物や文献に見られた雑劇は、青、赤、黒、白の色が多くみられる

おまけ元曲

実は、元雑劇と散曲を合わせて元曲(げんきょく)と言います。散曲は詩であり、小学校の時、唐詩・宋詩・元曲をまとめて古詩(日本で言う漢詩)として学校で習います。
ここで、中国人ならほとんどの人が知っている散曲を一つ紹介しましょう。馬致遠の「秋思」です。

中国語 ピンイン 日本語訳
越调 yuè diào 越調
*『越調』は宮調(=楽曲)を指す。
《天净沙 秋思》 tiān jìng shā  qiū sī 【天淨沙・秋思】
タイトル:【天淨沙・秋の思い】
*『天浄沙』は曲牌名(=詞の長短の句や押韻等の形式)を指す。
马致远 mǎ zhì yuǎn 馬致遠
*作者
枯藤老树昏鸦, kū téng lǎo shù hūn yā, 枯藤の老樹  昏(くれ)の鴉,
*枯れた藤、古木、夕暮れ時の鴉が寂しい画面を描いている。
小桥流水人家, xiǎo qiáo liú shuǐ rén jiā, 小橋の流水  人家,
*小さい橋と静かに流れている川の畔にお家が見える。
古道西风瘦马。 gǔ dào xī fēng shòu mǎ。 古道の西風  痩馬。
*秋風の中に、痩せた馬が古い道で歩く。
夕阳西下, xī yáng xī xià, 夕陽  西に下れば,
*夕日が西に沈んで、
断肠人在天涯。 duàn cháng rén zài tiān yá。 斷腸の人  天涯に 在り。
*断腸の思いをしている旅人は空のはてにいる。

  ※【天淨沙・秋思】は重苦しい語感の名詞によって構成されている特異な作品。


また、中学校に入ると、私の場合はたまたま家の本棚に元雑劇の本があったので、読んでいたことを覚えています。
たぶんそれは人生で初じめて読んだ「脚本」だったと思います。

雑劇の代表作は、いくつもありますが、中国の大衆まで広がったのは「竇娥冤」(とうがえん)という劇です。「竇娥冤」は元雑劇作家の大家である關漢卿(かんかんけい)の作品の中でも最高傑作に数えられる名作で、中国演劇屈指の悲劇です。
内容は冤罪を着せられた未亡人の悲劇ですが、クライマックスは主人公の竇娥(とうが)が処刑前に残した最期の言葉です。
もし冤罪であれば、処刑された彼女の血は旗に飛び移り、真夏に雪が降り、楚州に三年間干ばつが続くというものでした。
そして、処刑後にこれらの言葉は現実となりました。
別名「六月雪」で今でも各地で上演されています。

ここ数年、異常気象がよく見られます。四川省で6月に雪が降ったこともありましたし、北京でも去年は4月に、今年は5月に雹が降りました。
中国の人はそれを見るとよく冗談で、どこかで冤罪でもあったのかな?と言ったりします(本当だったりして)。

今回は以上です。
次回は、上海戯劇学院邵旻先生が発表された「中国の古典文献にみる染色技法」についてご紹介しようと思います。


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筆者プロフィール

北京出身。

大学進学を機に来日し、大学卒業後は日本で某大手商社に入社。学生時代も含め、通算16年あまり日本で暮らす。

現在、モシトランス北京では品質担当の責任者として、モシトランス東京では創業メンバーとして、北京と東京を行き来する忙しい日々を送っている。