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[第22回] 自動車広告関係のお仕事 (第1章 翻訳篇)


プチ連載 始めます

みなさん、こんにちは。品質担当のSです。

自動車関連の翻訳・通訳をし始めてから、あっという間に10年が過ぎました。

自動車と言っても、私が実際に行なった分野は、自動車企業のスタッフ研修もあれば、技術や法規認証もあり、そして広告関係もあります。そろそろ、これまで行なった自動車広告関係の仕事をまとめようと思ったので、3回のブログ記事に分けて、書いていきたいと思います。

まず初めに、これから登場する関係者をご紹介いたします。

  1. 自動車メーカーA (日本と中国の合弁会社の場合が多い。)
  2. 広告代理店B (経営者は中国人で多くは海外経験あり。スタッフは現地中国人の場合がほとんど。)
  3. 翻訳会社C (当社のことです。)

もちろん三者間の契約書なんてものはありませんが、同じ現場にいることが多いのと、仕事の流れによる力関係もわかりやすいと思いますので、このようにしておきます。自動車メーカーAも広告代理店Bも、特定の1社を表しているわけではなく、基本的にはこの組み合わせで仕事が進んでいくという意味で書いています。

ちなみに、これから書くのは、すべて中国本土での話でございます。

依頼はこのようにやってきます

思い返せば、依頼の9割は夜の遅い時間にやってきてました。夕食後、そろそろ寝ようとする時間帯が多かったです。

来週火曜日に1件提案がありますので、通訳をお願いしたいです。
併せて今週金曜日に提案の原稿があがりますので、それもお願いします。

こういうケースは一番マシな方です。あえて、今回はひどいケースには触れないでおきます。

そして金曜日になりますと、まず20時頃、100ページから200ページの原案が来ます。

翌日(=土曜日)、第1回目の修正が来ます。訳の修正ではありません、企画書そのものの修正です。 数ページの修正であればラッキーですが、時々数十ページの修正が来たりします。

翌々日(=日曜日)、追加そして第2回目の修正が来ます。

そして本番会議の前日(=月曜日)、さらに追加と修正の依頼が来ます。

そうやって納期に追われている中でも、時々、広告代理店Bの担当者から携帯でメッセージが送られます。単語一つやら一行の内容やら、日本語教えて~と訳を聞いてきます。

問題は中身です

そもそも、これまで見てきた広告企画案の内容は、その半数がひどい物です。その原因をまとめてみました。

  1. 全体を読んでみても、まったく論理性のない内容となっている。
  2. 中国語文章そのものの文法や用語が間違っている。
  3. 若い広告プランナーが多いので、誰もが知っているというわけではないネット用語や流行りの言葉を、広告プランナーの好みで多用・乱用している。
  4. 広告案だから、自ら新しい言葉を創り出す必要性があるのはわかるが、その人のレベル丸出しとなるので、本人はキャッチフレーズのつもりでも、ただの当て字や当て読みでほぼ翻訳不可能なものも多い。

我ら翻訳者としての姿勢は、4番の場合、どちらかというと腕の見せところでもあります。その人が作った言葉のレベルに合わせて訳を考えることも一種のチャンレンジなので、積極的に取り組みます。

3番の場合、ネット用語を勉強するという心構えで取り組みます。

2番の場合、明らかな文法間違いに関しては、ベテランの器を見せるところとして、和訳した日本語そのものをしっかりさせればOKです。同じ中国人としても解読不可能な場合は、書き手の広告プランナーに聞きます。

最も残念なのは

そして、1番の場合。

最初の数案件は、中国人が翻訳したものを日本人校閲者に訂正していただくようにしていました。ほぼ毎回ですが、論理性の不整合が指摘されます。

「何を言っているのだ?」
「さっき言った事とここと何の関係があるの?」
「突飛過ぎて、前後の関係が分からなくなるから、一文足さない?」
「こんなロジックがめちゃくちゃな企画案、僕が自動車メーカーAの日本人なら絶対通さないけどね。」

などなど、議論していくうちに、もちろん時間は足りなくなるし、なにせエネルギーもなくなってきて疲れ切ってしまったために、私が責任者の立場を使って、

「直訳でいいよ。整合性考えなくていい。」
「彼らの案だから、論理性通らなくても、うちらの責任ではありません。」
「その論理性のないところも含めて日本語に反映したほうがいいよ。」
「残念ながら、自動車メーカーAの審査はすべて日本人で決められるわけではありません。」
「内容を考えてあげたり、文章をよくしてあげたりなんてしませんから!」

という具合に、「はい、以上!」と強引に作業を進めるしかありませんでした。

こういう案件をやっていくうちに、ネイティブチェッカーを入れるほどの作業期間をまったくもらえないこともわかってきました。そして、聞き手の日本人は2-3名で、決定権も半数以下くらいってわかってから、広告代理店Bに対して「ネイティブチェッカーを入れる余裕はないよね?」と確認したうえで、中国人のみの和訳とすることにしました。

ここで挙げたような、まじめで仕事の姿勢をとても尊敬すべき日本人校閲者と、言葉の整合性に関する議論をする機会もなくなりましたが、非常に残念です…

別の若い広告プランナーは

ある広告代理店の経営者は、私のビジネスパートナーの大学時代の同級生だったために、その会社とは2~3年間と比較的長い付き合いをしたことがありました。

ある日、その会社の若い広告プランナー(20代男子)の席に座ったことがあります。その前日に、ちょうど彼が書いた一文の意味が分からず彼に電話をしていました。中国人同士の中国語による会話でしたが、聞いても聞いても、何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。

彼の席にしばらく座っていたら、なんとなくテーブルに置かれている書籍に目が留まりました。建築、インテリア、ファッション、、、分厚い雑誌が視線を遮るくらいにうず高く積まれていました。

「こういう担当分野以外の雑誌も読むですか?」

と彼に聞くと、

「そうですよ。こういう雑誌の中には特にかっこいい言葉が多いから。いい言葉を見つけ出すと、メモを取って、適当にバラバラにして、もう一度組み合わせてみて、もっとかっこいい言葉を創り出しているんだ。」

青年は、会社で一夜を過ごした疲れを全く見せることなく、目をキラキラさせながら、誇り高く答えました。

「そんなんですね。努力家ですね!」

と相槌を打っておきました。

「格好いい言葉を使えば格好いい企画案になると限らないけどね。それ以前に、文法とかしっかりすべきでは?」

と内心ではそう思いながら、苦笑いを浮かべたのでした。

そういうことだったのね

実は、我々がもらった原案は彼のような若者が考えて書き出し、第二次修正はその会社の中間管理層が会議で指摘した内容を、そして第三次修正は本番ギリギリまで会社の上層部が指摘した内容を、原案を書いた人の理解で書き直したものだったということが、その会社の打合せに参加して初めてわかりました。プレゼンターも、時には若者に任せているようです。

その会社だけのやり方かもしれませんが、どんなに若者の考えが浅くても、書いていることや喋っていることがしっかりしていなくても、褒め称え、優しくアドバイスをします。

決して叱らず、こうしなさい、ああしなさいという強い命令口調は使わない。今どきの若者の扱いは、叱るとすぐに辞めたり、やる気を失うから。

こういった話を経営者から聞くと、私はもうため息をつくだけで、もらった原案がどんなに滅茶苦茶だったかなんて、とても私の口からは言い出せませんでした。

広告代理店のスタッフたちは、いつも時間に追われる中で企画案を作っていて、上司に指摘され、お客様にダメ押しされているから、さらに我々翻訳者から追い打ちされたら、あまりにも可哀そうかもしれません。

私のビジネスパートナーは、文章をチェックするようなツールを開発して(もう世の中いくつかあるけど)、最低限中国語でもちゃんとしたものをチェックしていただくようにと考えているようですが、現状を考えると、とてもじゃないですが無理だという気がします。

一方、翻訳者の立場では、原稿があまりにもひどかったら、本当に受けたくありません。でも、原稿がひどいから直してくださいなんてことも、言える状態ではありません。

だから、この手の原稿の翻訳に関しては、一般の産業文章みたいにきっちり訳すことは不可能なので、こちらが理解できる程度で、想像力を最大限に発揮して訳すしかありません!

おまけ

日本を代表する広告代理店の1社である電通の連載から、いい記事を見つけました。
中国の広告会社で企画書を書いている若者にも、このような考え方を学んでほしいですね。


筆者プロフィール

北京出身。

大学進学を機に来日し、大学卒業後は日本で某大手商社に入社。学生時代も含め、通算16年あまり日本で暮らす。

現在、モシトランス北京では品質担当の責任者として、モシトランス東京では創業メンバーとして、北京と東京を行き来する忙しい日々を送っている。